もしも研究所

カリオストロ伯爵 ――18世紀ヨーロッパを席巻した魔術詐欺師の正体

歴史のあやまち · 2026-10-15 · 約2,192字 · 約4分

「不死の伯爵」の登場

1780年代のパリ、ヴェルサイユ、ロンドン、ロシアの宮廷で一人の男が旋風を巻き起こしていた。

「カリオストロ伯爵(Conte di Cagliostro)」を名乗るこの人物は、自らを「3000歳の魔術師」と称し、錬金術・カバラ・フリーメイソンの秘儀・霊の呼び出しによって病を癒し、若返りの薬を調合し、未来を予言できると主張した。

ヴェルサイユ宮廷の婦人たちは彼に魅了された。マリー・アントワネットの侍女たちも彼の薬を争って求めた。スウェーデン国王グスタフ3世と謁見し、ロシア皇后エカテリーナ2世(大帝)は彼を宮廷に招こうとしたとも伝えられる(エカテリーナは後に彼を詐欺師と断じたとされるが)。

この人物の本名は、ジュゼッペ・バルサモ(Giuseppe Balsamo)。1743年、シチリアのパレルモで生まれた貧しい男だった。


シチリアの若者からヨーロッパの「伯爵」へ

バルサモの出自は明確ではないが、パレルモの貧しい地区に生まれたことは記録にある。若い頃から詐欺的な行為に手を染め、フランシスコ会の修道院で奉仕した時期もあったとされる。

彼がヨーロッパ規模の詐欺師として台頭したのは、セラフィナ・フェリチアーニという女性と結婚し、コンビを組んでからとされる。二人はヨーロッパ各地を旅しながら、「伯爵と伯爵夫人」として各地の上流階級に紛れ込み、金銭を集めた。

カリオストロという名前の由来については複数の説がある。自らシチリアの貴族の血を引くと主張したが、これは偽りだったとされる。フリーメイソン(当時ヨーロッパで急速に広まっていた秘密結社)の「エジプト式フリーメイソン」を自ら創設したと称して会員を募り、高額の入会金を集めた。


首飾り事件とマリー・アントワネット

カリオストロの名前が歴史に深く刻まれた事件がある。1785年の「王妃の首飾り事件(L'affaire du collier de la reine)」だ。

事件の概要: ルイ16世の宮廷の高位聖職者ロアン枢機卿が、マリー・アントワネット王妃が欲しがっているという偽の手紙に騙され、160万リーヴルという莫大な代金のダイヤモンドの首飾りを詐欺師ラ・モット伯爵夫人の一味に売り渡した——というものだ。

カリオストロはこの事件に周辺的に関与したとして逮捕された。バスティーユ監獄に収監されたが、裁判の結果として無罪放免となり、フランスから追放された。

この事件はマリー・アントワネットの評判をさらに悪化させた(彼女自身は全く無関係だったにもかかわらず)。フランス革命の間接的な遠因のひとつとも言われる。カリオストロは無罪となったが、この事件によって知名度はさらに上がった。


晩年と宗教裁判による終焉

1789年のフランス革命後、カリオストロはローマに戻った。ここで彼は致命的な失態を犯す。フリーメイソンのロッジを設立しようとしたのだ。当時、フリーメイソンはカトリック教会から禁じられており、ローマは教皇の直接支配下にあった。

彼は異端審問にかけられた。秘密結社活動・魔術・「革命的思想の普及」など複数の罪状で、1791年に終身禁固刑を宣告された。妻のセラフィナが証言台に立ち、夫の詐欺的行為について証言した。

カリオストロはサン・レオ要塞(現在のイタリア・マルケ州)の独房に幽閉され、1795年にそこで死亡したとされる。ただし彼の死の状況についても、いくつかの異なる記録が残っている。


「もしも」の視点: 詐欺師の天才性

カリオストロの事例で注目されるのは、彼が成功した背景だ。

18世紀ヨーロッパの上流階級は、啓蒙主義の合理主義と、神秘主義・オカルトへの強い傾倒が共存していた時代だった。フリーメイソンが急速に広まり、錬金術が「まだ否定されていない」時代だった。医学はまだ近代的な形をとっておらず、「特別な治療法」への需要は高かった。

もしも18世紀ヨーロッパという文化的条件がなければ、バルサモという男はシチリアの貧しい詐欺師で終わっていたかもしれない。時代が「カリオストロ伯爵」を必要としていたとも言える。

社会が「見たいもの」を見せてくれる存在に対して払う金は、時代を問わず存在する。


カリオストロの文化的遺産

彼の死後、カリオストロは小説・オペラ・映画の題材として繰り返し取り上げられた。

フリードリッヒ・シラーが彼をモデルにした劇を書き、ゲーテは「大コフタ(Der Groß-Cophta)」という演劇でカリオストロ的な詐欺師を主人公にした。20世紀には宮崎駿のアニメ映画『ルパン三世 カリオストロの城』(1979年)によって日本でも広く知られる名前になった(ただしアニメの「カリオストロ」は架空の国の名前であり、史実の人物とは別物)。

詐欺師が文化的アイコンになるという現象は珍しくないが、カリオストロの場合、その「ヨーロッパ全土を騙した規模」と「18世紀という神秘主義と合理主義の狭間の時代」という文脈が独自の魅力を持ち続けている。


本稿の史実部分は、フランシス・キング著 The Magical World of Aleister Crowley、イアン・マクカルマン著 The Last Alchemist 等をもとに構成しています。カリオストロの出自・行動については諸説があり、一次資料も限定的です。


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