もしも研究所

ストロージャーの自動電話交換機 ――1891年、葬儀屋が交換手を機械で置き換えた

特許博物館 · 2026-06-06 · 約2,600字 · 約7分

電話の向こうの「人間」が、自分の客を競合に流している――。 そんな疑念から生まれた発明が、やがて世界中の電話網の背骨になっていった、と伝わります。

1. カンザスの葬儀屋が抱えた疑念

1880年代後半、米国カンザス州カンザスシティ。アルモン・ブラウン・ストロージャー(Almon Brown Strowger, 1839–1902)は、ごく普通の街の葬儀屋でした。元は学校教師、南北戦争では北軍の騎兵として従軍した経歴を持ち、戦後にいくつかの仕事を経て、葬儀の請負を始めたとされます。

当時の電話は、ベル特許の独占がほどけはじめ、ようやく中小都市まで広がってきたところでした。仕組みは単純で、加入者が受話器を上げ、ハンドルを回すと、電話局の交換台にランプがつく。交換手と呼ばれる人間――多くは若い女性です――が、目的の相手にプラグを差し替えて回線を物理的につなぐ。電話とは、こういう「人間が回す」サービスだった時代の話です。

そのストロージャーが、ある時期から商売で奇妙なことに気づきます。市内で人が亡くなったとき、遺族からの依頼電話が、なぜか自分よりも競合の葬儀屋に集中する。やがて彼は、こう疑い始めたと伝えられています。**「あの競合の妻は、地元電話局の交換手だ。私宛の電話を、夫の店に回しているのではないか」**と。

これが本当にあった話なのか、あるいは後年に脚色されたエピソードなのかは、当時の文献どうしでもニュアンスが揺れます。本人の発言を直接記録した一次資料は乏しく、伝記の多くは関係者の証言や業界誌の追想に基づく、と見られています。それでも、ストロージャー本人が「人間の交換手を介さずに、加入者自身が相手番号を選べる装置」を真剣に欲しがっていた、という点では、おおむね記述が一致します。動機の細部は伝説含みでも、出てきたものは本物でした。

2. 特許#447,918 ――Strowger switchの仕組み

ストロージャーは葬儀屋を続けながら、ひとりで装置の試作にとりかかります。最初期の模型は、襟立てのカラーボックス(当時の紙製の使い捨て襟を入れる円筒形の箱)と、まち針、鉛筆などをつなぎ合わせた、文字どおり手作りのものだったと伝わります。

それでも原理は、のちにステップ・バイ・ステップ式(step-by-step)と呼ばれることになる、はっきりとした骨格を持っていました。中心にあるのは、円筒状の接点配列のまわりを、電磁石のパルスでカチカチと一段ずつ回転・上下する「ワイパー」と呼ばれる金属アーム。加入者がダイヤルで送り出す電気パルスの数が、そのままワイパーの移動段数になります。100の位のパルスで縦に何段、10の位で横に何段……と動かしていくと、最後にワイパーの先端が、目的の加入者線にぴたりと触れる。人間が手で差していたプラグを、電磁石とギアで置き換えてしまった、と言えます。

1889年に特許を出願したストロージャーは、1891年3月10日に米国特許**#447,918**「Automatic Telephone-Exchange」を取得します。同じ1891年、彼は甥のウィリアム、弟のアーノルドらとStrowger Automatic Telephone Exchange Companyを設立。発明と起業を、ほぼ同時に走らせたことになります。

ここで重要なのは、彼が解決したのが「通信そのもの」ではなく「接続をどう機械化するか」という、地味で巨大な問題だったことです。ベルやエジソンが扱った課題が「音を電気でどう運ぶか」だったとすれば、ストロージャーの問いは「運び先をどう自動で選ぶか」。交換機は通信網の交差点であり、ここが手動のままでは、加入者数が増えるほど交換手の人件費と人為的ミスが雪だるま式に増えていく構造でした。Strowger switchは、その雪だるまを止める発明だったとされます。

3. ラポート市、世界初の自動交換局

理屈と特許が揃っても、それが街で動かなければ意味はありません。最初の試験運用先として選ばれたのが、米国インディアナ州ラポート(La Porte)市でした。1892年11月3日、世界初の商用自動電話交換局がここで開局したと伝えられます。加入者は約80。当時としてはささやかな規模ですが、「交換手を一人も介さずに、加入者どうしの会話が成立した街」が、この日、世界に初めて生まれたことになります。

当初、加入者宅の電話機にはダイヤルが3つついていました。100の位、10の位、1の位を、それぞれ別のレバーで指定してから通話ボタンを押す、という方式です。番号を「回す」というよりは「打ち込む」UIに近い。これでは加入者の負担が大きく、操作ミスもしやすい、というフィードバックが現場から上がります。

そこで会社の技術陣(ストロージャー本人ではなく、共同経営者や雇われ技師の貢献が大きかったとされます)が改良に乗り出し、1896年ごろ、回転式のダイヤル――いわゆる「ダイヤル電話」のあの円盤――を導入します。指で穴に入れて止まりまで回し、戻る間に出るパルスを数える、という仕組みです。この回転ダイヤルが、その後およそ80年間、家庭の電話機の標準UIとして生き残ることになったのは、ご存じのとおりです。

ストロージャー本人は、経営者としては短命でした。1896年には会社の権益を比較的早い時期に手放し、フロリダ州セントピーターズバーグへ事実上の引退をしたとされます。会社はそのままAutomatic Electric Companyへと発展し、20世紀の電話機器産業の中核ベンダーの一つになっていきました。発明者と会社が、別の人生を歩み始めた典型例の一つです。

4. ダイヤル100年と、消えた交換手たち

Strowger switchの本当の威力が出るのは、20世紀に入ってからでした。

最初の数十年、世界の大都市の交換局はまだ手動が主流でした。米国でもベル系(AT&T)は当初、自動交換に消極的で、しばらく手動と自動の併存期が続いたと見られています。風向きが変わるのは、加入者数の爆発と人件費の上昇、そして第一次世界大戦前後の人手不足が重なってからのことです。

英国では1912年、サリー州の**エプソム(Epsom)**で公衆向けの自動電話交換が始まり、郵政庁(GPO)がStrowger式の全面採用に踏み切るのは1922年、ロンドン初の自動交換局(ホルボーン局)の稼働は1927年でした。ここを起点に、英連邦各国の電話網にステップ・バイ・ステップ式が広がっていきます。日本でも、1926年(大正15年)から京橋電話局など主要局でStrowger系の自動交換が順次導入されていったと伝えられます。日本語ではしばしば「ステップ・バイ・ステップ式」「A型自動交換機」などと呼ばれた系譜です。

カチカチカチ……という、あの独特のリレー音。1950年代まで世界の電話網の中心方式であり続け、クロスバ式や電子交換機が現れたあとも、地方局や開発途上国の局では1970〜80年代まで現役だった、というのが多くの資料の見方です。日本でも、最後のステップ・バイ・ステップ式が撤去されたのは、しばしば1970年代後半とされます。発明から、実に80年以上の現役期間です。

その裏側で何が起きたか。人間の交換手という職業が、ゆっくりと、しかし不可逆に縮んでいきました。19世紀末から20世紀前半にかけて、電話交換手は、若い女性にとって都市部で得られる代表的な雇用の一つでした。彼女たちが一人ずつプラグを差し替えていた光景は、Strowger switchとその後継機の普及とともに、駅の改札の自動化や、エレベーターガールの消滅と同じ列に並んでいきます。「機械が、人間の判断を伴う中間業務を引き取っていく」という、20世紀以降ずっと続く流れの、最初期の象徴的なケースだったと見ることができます。

ストロージャー本人は、ダイヤルが世界に広がる前――1902年5月26日、フロリダ州セントピーターズバーグで没しました。63歳。自分の発明が世界の電話網の標準骨格になるところまでは、見届けないままの退場でした。

「もしも」の問い

もしストロージャーが、ただの「客の取り合いに勝った葬儀屋」だったら――。 彼は地元の同業組合に苦情を申し立て、交換手の配置を変えさせるか、自分で交換手を雇う電話線を引かせるかしただけだったかもしれません。腹いせの相手は、競合の妻、その一人で済んだはずです。

実際にやったことは、まるで桁が違いました。**「人間が間に立っている構造そのものを、機械で消す」**という選択肢を選んだ。葬儀屋ひとりが思いついた装置が、20世紀の通信インフラの骨格になり、世界中の交換手という職業を、ゆっくり縮ませていった。

特許#447,918は、ベル特許のように「電話そのもの」を発明した特許ではありません。けれど、電話が「街のサービス」から「世界のインフラ」へ脱皮するために、どこかで誰かが必ず通らなければならなかった接続の自動化を、葬儀屋の私怨と独学から先回りで通してしまった、と見られています。

人間が間に立っている仕事を、自分の腹立たしさから機械化してしまう人がいる。 その装置が、自分の住む街の規模を超えて、世界の標準になっていく。 特許博物館の棚に、これほど人間くさい申請理由を持つ特許は、そう多くありません。


参考・出典

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