ジョー・ロウと1MDB マレーシア国富45億ドルの行方
歴史のあやまち · 2026-06-30 · 約1,789字 · 約3分
国家が設立した投資ファンドが、ある国際的人脈の中で消えていった—— 2009年から2015年にかけて、東南アジアと中東、欧米金融機関、ハリウッド、現代美術市場を巻き込んだ、現代の最大級の金融犯罪事案のひとつです。
1. 実際に起きたこと
1Malaysia Development Berhad、通称 1MDB は、2009年7月、当時のマレーシア首相ナジブ・ラザクが主導して設立された政府系投資ファンドです。 公式の目的は、長期的なエネルギー・インフラ投資を通じてマレーシアの経済発展を加速すること、と説明されました。 設立資金として、国債発行とアブダビ政府投資公社からの借入により、累計で 数十億ドル が調達されたと記録されています。
ジョー・ロウ(本名ロウ・テイク・ジョー、Low Taek Jho)は1981年、マレーシア・ペナン州生まれの華人系実業家です。 英国の名門私立ハロウ校、米国ペンシルベニア大学ウォートン校を卒業し、20代でアブダビ・クウェート系の投資家ネットワークに食い込んだ、と本人語りで紹介されています。 1MDB設立に際して、ロウは「中東との橋渡し役」として、ナジブ首相とその継子リザ・アジズ(後にハリウッド製作会社レッド・グラナイト・ピクチャーズ設立)の周辺で重要な役割を担ったと、後の捜査で明らかになります。
米国司法省、マレーシア・スイス・シンガポール当局による捜査によれば、1MDBから流出した資金は、複数の段階的な海外送金スキームを経て、ジョー・ロウとその関係者の管理下に置かれたとされます。 推計総額は 約45億ドル (米司法省2016年訴訟による)で、その用途は驚くほど多岐にわたっていました。
- ニューヨーク、ロサンゼルス、ロンドンの高級不動産購入
- ジェフ・クーンズ、バスキア、モネ、ピカソなどの現代美術・印象派絵画の購入(総額数億ドル規模)
- ハリウッド映画『ウルフ・オブ・ウォール ストリート』(2013年公開、レオナルド・ディカプリオ主演)の製作費(レッド・グラナイト・ピクチャーズ経由)
- パリス・ヒルトン、リアーナ、ケイティ・ペリーらが招かれた豪華パーティー(ラスベガス、コートダジュール、サンクト・トロペで開催)
- 高級スーパーヨット「エクアニミティ」(全長91.5m、推定価格約2.5億ドル)の建造
- ナジブ首相個人口座への 約6.81億ドル の送金(2013年〜2014年、サウジ王室からの「個人献金」と当初説明された)
スキームの中核を担った国際金融機関は、米ゴールドマン・サックスでした。 ゴールドマンは、1MDBの社債発行3案件(2012〜2013年、計65億ドル規模)を引き受け、引受手数料として 約6億ドル を得たとされます。 この手数料率は、通常の政府系ファンドの社債引受案件としては異例の高水準で、後に米司法省・FBIによる捜査の重要証拠になりました。 ゴールドマンは2020年10月、米司法省と 29億ドル の和解金、マレーシア政府と 39億ドル の和解金を支払うことで合意したと記録されています。
事件の発覚は、2015年に始まりました。 ウォール・ストリート・ジャーナル、米司法省、マレーシア野党、香港の少数株主、スイスとシンガポールの金融監督当局が、それぞれ独立に1MDB資金流出の痕跡を追いはじめます。 2018年5月、マレーシア総選挙でナジブ首相の与党連合が 歴史的敗北 を喫し、新政権がジョー・ロウとナジブ周辺の捜査を本格化させました。 ナジブは2020年7月、汚職罪で禁錮12年・罰金2.1億リンギット(約7,500万米ドル)の判決を受け、収監されています(後に減刑措置あり)。
ジョー・ロウ本人は、現在も国際指名手配中で、中国本土または周辺国に潜伏しているとされます。 2024年時点で、彼の正確な所在は公的には判明していません。
2. 分岐点
複数の分岐点が候補にあります。
- 2009年の1MDB設立時に、独立監査機関の関与が法定されていた
- 2012〜2013年のゴールドマン・サックス社債引受時に、引受手数料の高さが業界内で問題視されていた
- 2015年のジャーナリスト調査の前の段階で、内部告発者が現れていた
- 2013年のナジブ首相個人口座への送金が、マレーシア中央銀行で早期に問題視されていた
