もしも研究所

電話特許、数時間の差——という通説は本当か

特許博物館 · 2026-05-22 · 約2,400字 · 約5分

1876年2月14日、ワシントンD.C.の 米国特許庁(現USPTO)。バレンタインデーのその朝、二つの書類が、ほぼ同時に提出されました。

ひとつは、アレクサンダー・グラハム・ベル(29歳)の代理人マルセラス・ベイリーが提出した、「Improvement in Telegraphy」(電信の改良)と題された特許出願。

もうひとつは、イライシャ・グレイ(40歳・電気技術者)の代理人による、「Instruments for Transmitting and Receiving Vocal Sounds Telegraphically」(音声を電信で送受信する装置)と題された コーヴィエート(caveat / 予備出願書)。

「ベルが数時間早く特許庁に着き、その差が、後の 20世紀の通信インフラの所有権 を分けた」——電話発明史でもっとも有名なこの物語は、いまも繰り返し語られています。

ですが、結論から言えば、この「数時間の差」の通説は、近年の特許史研究によってかなり崩されています。本稿では、その物語がどこから来て、一次資料に照らすと何が言えるのかを並べてみます。

コーヴィエートと正式出願の違い

まず、当時の米国特許制度を簡単に確認しておきます。

19世紀の米国特許庁には、コーヴィエート制度(1836年特許法に由来)という、現在の暫定出願に近い仕組みがありました。これは「まだ完成していないが、これから完成させる予定の発明 を予告しておき、他者の出願を一定期間ブロックする」ための、軽い書類です。有効期間は 1年(年10ドルの手数料で更新可能)で、正式な特許権の付与は、コーヴィエートでは行われません

これに対し、ベルが提出したのは 正式な特許出願 でした。同じ日に提出された二つの書類は、形式的にはまったく 別のカテゴリーの書類 だった、ということになります。

ここで、通説の核心にある「数字」に触れておきます。よく「ベルの出願は5番目、グレイのコーヴィエートは39番目に受け付けられた」と語られ、これが「ベルが先に着いた証拠」とされてきました。

しかし、A・エドワード・エヴェンソン(The Telephone Patent Conspiracy of 1876)の精査によれば、この5番・39番という数字は「到着順」ではなく、特許庁の出納帳(cash blotter)に手数料が記帳された順にすぎません。グレイのコーヴィエートの手数料が帳簿に記入されたのはその日の 午後遅く で、しかも書類自体は その朝のうちに特許庁へ届いていた とされます(審査官に回されたのは翌日)。記帳が後回しにされただけで、物理的にはグレイのほうが先に着いていた可能性が高い、というわけです。

つまり「数時間早く着いた=5番だった」というつながり自体が、記帳上の都合を到着順と取り違えたところから生まれた可能性が高いのです。

特許番号174,465号

ベルの出願は、わずか3週間で審査を通過し、1876年3月7日、米国特許番号 174,465 として登録されました。

タイトルは「Improvement in Telegraphy」、内容は「電気的な揺らぎ(electrical undulations) を、空気の振動と同じ形状で発生させ、音声を電線で伝送する装置と方法」、というものです。

この特許番号174,465は、後年「史上最も価値のある単一特許」と評されることになります。これを基礎にして設立されたベル電話会社(後のAT&T)は、米国通信インフラを20世紀を通じて寡占的に支配し、独占禁止法による分割(1984年)まで、約100年間にわたって電話事業の中核に居座り続けました。

ただし、ここでもう一つ通説の前提を確認しておく必要があります。当時の米国特許制度は「先願主義」ではなく「先発明主義」(first to invent) でした(先願主義への転換は2011年のリーヒ・スミス米国発明法まで起きません)。つまり、優先権を決めるのは 書類が窓口に着いた順番ではなく、誰が先に発明したか です。

だとすると、「同じ朝に数時間早く出した・遅く出した」という到着順そのものは、法的な所有権を直接決める要素ではなかった、ということになります。実際、グレイはその後コーヴィエートを正式出願に切り替えず、動作する装置の実証にも至らなかったため、発明の優先権という土俵でベルに対抗できませんでした。「数時間が所有権を分けた」という劇的な構図は、後世に整えられた物語の側面が強いのです。

それでもなお、もし審査の過程やその後の展開が違っていたら——その世界線では、グレイ電話会社、あるいはグレイの代理権を買い取った別資本の電話事業者が、同じ地位を占めていたかもしれません。

📖 関連発明の物語特許制度と発明者の関係をめぐる本。「先に出した方が勝ち」のルールが何を生んだか。

グレイ側の主張と、150年の論争

ここから先は、ベル・グレイ電話論争(Bell-Gray telephone controversy)と呼ばれる、長い真贋論争の領域に入ります。

グレイ側、およびその後の擁護論者の主張を要約すると、おおむね以下の3点に集約されます(諸説あります)。

これらに対するベル側、および公的記録の整理を要約すると、

——となります。つまり、技術史的にも法的にも、ベルの特許権の正統性は 正式には維持され続けている 一方で、グレイ側の貢献に関する一定の疑念は、150年経ったいまも完全には消えていない、というのが現状です。

「数時間の差」の本当の意味

ここからは、編集部の見立てです。

仮にウィルバー審査官の証言が大筋で正しかったとしても、それは「ベルがグレイの発明を完全に盗作した」ことを意味するわけではありません。ベルとグレイは、それぞれ独立に 音声電信の可能性 を追っていた研究者で、当時、同種のアイデアは欧米の複数の研究室で並行して試されていました。技術史的には、電話の発明は 同時多発的に近づきつつあった 領域だった——と捉えるのが、現代の科学史家の標準的な整理です。

その意味で、1876年2月14日の出来事は、「天才が凡人を数時間で出し抜いた瞬間」 というよりは、「並行して近づきつつあった複数の研究が、一連の手続きと訴訟を通じて一人の名義に集約されていった過程」と読むほうが、より正確かもしれません。

ここまで見てきたように、「数時間の差が所有権を分けた」という通説は、(1)5番・39番という数字が到着順ではなく料金記帳の順だったこと、(2)当時は先発明主義で到着順そのものが法的決め手ではなかったこと——という二つの事実によって、かなり割り引いて読む必要があります。それでも、なぜこの物語がここまで広く語り継がれたのかを考えると、特許制度というのは、技術そのものではなく、技術の所有権の境界線を引く制度だ、という本質に行き着きます。境界線を引く瞬間はどうしてもドラマとして語られやすく、「数時間」という分かりやすい数字がその受け皿になった——この事件は、そうした制度の宿命を、きわめて純粋に体現した事例だと言えそうです。

自著と検証本で「特許史の現場」を覗く

ベルの伝記と、グレイ側からの検証本を読み比べると、「同じ日の数時間」の解釈が、立場によってどう変わるかが分かります。

検証ノンフィクション — 12日間の空白の謎

グラハム・ベル空白の12日間の謎 ——今明かされる電話誕生の秘話

セス・シュルマン著・吉田三知世訳(日経BP社)。原題 The Telephone Gambit。1876年2月のベルの研究ノートに残る「12日間の空白」を手がかりに、グレイ・コーヴィエート閲覧疑惑を再検証したノンフィクション。技術史と訴訟史の両面で、いまも参照される一冊。

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企業史 — ベル特許の100年後

地上最大の企業 AT&T解体の内幕

スティーブ・コール著・奥村皓一監訳。1876年のベル特許から100年後、1984年の独占禁止法による分割劇までを描いた長編ノンフィクション。「数時間の差」で渡った特許が、世紀単位の企業帝国をどう作り、どう解体されたかが分かる。

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🌀 もしも、グレイがコーヴィエートを正式出願に切り替え、優先権を争っていたら?

到着順そのものは法的な決め手ではありませんでした。だからこそ「もしも」が効いてくるのは、到着の数時間ではなく、グレイがその後どう動いたかのほうです。仮にグレイが予備出願にとどめず、動作する装置を完成させて発明の優先権を正面から争っていたら——20世紀の米国通信インフラは、AT&Tではなく、グレイの後継会社が握っていたかもしれません。あるいは、ベル・グレイ両者の特許が同程度の権利範囲で並立し、米国電話事業は より分散的な競争市場 からスタートしていたかもしれません。その世界線では、独占禁止法による分割(1984年)も、起きていなかったかもしれない、という見方すらできます。

「数時間の差」という分かりやすい物語の裏には、こうした制度上の分岐が隠れています。


主な参照

本記事は note では公開していない、The IF Lab サイト独占コラムです。

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アンソニー・ダンチェフ
電話発明の前史から、ベル・グレイ・エジソン三つ巴の特許戦争までを丁寧に追う通史。
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ジョン・グリビン
電信から電話へ、ベルが特許を取った瞬間の意味を科学史の文脈に置き直す本。
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トーマス・パーキンス
特許制度と発明者の関係をめぐる本。「先に出した方が勝ち」のルールが何を生んだか。

🎬 Films & Documentaries

The Current War(2017)
エジソンvsウェスティングハウスの電流戦争。ベル・グレイの特許戦争と並べて観たい。
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Mr. Selfridge(2013-2016)
19世紀末〜20世紀初頭のテクノロジー変革期を背景にした英ITVドラマ。電話普及期の空気感。
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発明家と特許制度の戦いを描く映画。ベル・グレイ事件のテンプレートを共有する物語構造。
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