もしも研究所

カエサル「ブルータス、お前もか」の真偽

歴史のあやまち · 2026-07-15 · 約820字 · 約2分

紀元前44年3月15日、ローマの元老院議場。

身を寄せ集めた23人の議員たちが、一人の男に向かって短剣を振り下ろしたと伝えられます。 倒れた男はガイウス・ユリウス・カエサル、55歳。 共和制ローマで大きな権力を握っていた独裁官です。

そして後世に語り継がれる、彼の最後の言葉——「ブルータス、お前もか」。

ただ。

この有名な一文は、本人が実際に発したものではない可能性が高い、というのが現在の学術的な見方の一つです。

最後の言葉そのものが歴史になってしまった男の話、と言ってもよいかもしれません。

1. ローマ最大の権力者

カエサルは紀元前100年(または102年)、ローマの古い貴族の家系に生まれました。 当時のローマは、共和制という名の貴族支配体制で、激しい派閥抗争に揺れていました。

カエサルは軍人として、政治家として、卓越した能力を示します。 ガリア戦争(現在のフランス周辺の征服戦争)で8年間にわたり戦果を挙げ、ローマに莫大な富と威信をもたらしました。 紀元前49年、彼は北イタリアのルビコン川を渡り、共和制の政府と決裂。 「賽は投げられた」という有名な言葉とともに、ローマ史を決定的に変える内戦が始まります。

そして紀元前44年初頭、カエサルは元老院から「終身独裁官(dictator perpetuo)」の称号を受けました。 これは事実上の王権です。 共和制を守るための役職だった「独裁官」が、永続的に一個人に与えられたのです。

2. 暗殺者たちの動機

カエサルの暗殺を企てたのは、彼が誰よりも信頼していた人物たちでした。 首謀者の一人が マルクス・ユニウス・ブルータス(紀元前85年生まれ)です。

ブルータスはカエサルの愛人セルウィリアの息子で、カエサル自身の庇護のもとに育ちました。 内戦でブルータスは一時カエサルの敵側に付きましたが、カエサルは戦後に彼を許し、要職に取り立てています。

しかしブルータスは、共和制の理念を強く信じる人物でした。

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