もしも研究所

もしリーマンショックの前に誰もが危険に気づいていたら

もしも時間 · 2027-01-04 · 約2,759字 · 約5分

この記事は、特定の個人や企業を断罪するためのものではありません。 公開されている資料や報道をもとに、ある時代の選択肢を振り返る思考実験です。 実際の歴史は一つの判断だけで決まるものではなく、 経済・技術・制度・人間心理が重なって動きます。


まず事実——2008年の金融崩壊

2008年9月15日、米投資銀行Lehman Brothersが連邦破産法第11条の適用を申請した。負債総額は6,000億ドルを超え、史上最大の企業破産として記録される。これを契機に世界的な株価暴落と信用収縮が起き、世界中の金融機関が連鎖的な影響を受けた。

その前段として、2000年代初頭から米国で住宅バブルが膨らんでいた。低所得者向けのサブプライムローンが急増し、それを束ねた証券(CDO等)が世界中の金融機関に販売されていた。格付け機関はこれらを高格付けで評価し続け、多くの市場参加者がリスクを過小評価した。

2006〜2007年頃から住宅価格の下落が始まり、サブプライムローンの焦げ付きが表面化し始めた。しかし当時の多くの金融機関・規制当局・格付け機関は危機の連鎖的拡大を予見できなかった——あるいはわかっていても問題を止められなかった。

後に「危機を事前に予見していた」とされる少数の投資家の存在は、映画『マネー・ショート』(2015年)でも描かれている。


なぜ「早期の気づき」が分岐点なのか

リーマンショックに関して興味深いのは、「誰も気づいていなかった」わけではないという点だ。2005〜2007年の段階で、住宅バブルの危険性を指摘する経済学者・アナリスト・ジャーナリストは存在していた。いくつかの金融機関は自己ポジションをヘッジする形でリスクを認識していた。

それでも「多くの人が危険に気づいていた」という状況にはならなかった。なぜか。

金融市場における「みんなが知っている」という状態は、それ自体が崩壊の引き金になる。危機を防ぐためには「気づき」だけでは不十分で、規制・行動・制度的な対応が必要だ。では、もし2006年の段階で規制当局が手を打っていたとしたら。あるいは格付け機関が評価方法を改めていたとしたら。


分岐点——2006〜2007年、警告が制度に届いていたら

最大の分岐点は2006年だ。住宅価格の上昇鈍化が始まり、サブプライムローンの延滞率が上がり始めた時期だ。

もしこの段階でFRB(米連邦準備制度理事会)が住宅ローン担保証券(MBS)のリスク評価基準を厳格化し、金融機関に対してサブプライム関連商品の自己資本比率を引き上げるよう求めていたとしたら。あるいは格付け機関が構造化商品の評価プロセスを根本的に見直していたとしたら。

バブルの膨張を完全に止めることは難しかっただろうが、崩壊の規模と速度は変わっていた可能性がある。


IFルートA——規制当局が2006年時点で早期介入

控えめな可能性として、FRBや金融監督機関が2006年頃にサブプライム関連の規制を強化していたシナリオがある。

この場合、住宅バブルは徐々に空気が抜けるように縮小する「軟着陸」に近い経路を辿った可能性がある。金融機関の損失は発生するが、Lehman破綻のような「信用市場の全面凍結」という最悪のシナリオは避けられたかもしれない。

ただし規制強化はバブル膨張期の短期的な経済成長を抑制し、当時の政治的文脈(金融規制緩和の流れ)の中では実現が容易でなかった。「わかっていてもできない」という構造的な問題が背景にあった。


IFルートB——主要金融機関が2007年初頭に一斉に損失処理

より大胆な可能性として、Citigroup・Merrill Lynch・Morgan StanleyなどがBear Stearns問題を受けて2007年初頭に一斉に損失を開示・処理し、市場に早期の信頼回復のシグナルを出すシナリオがある。

この場合、痛みは2007年に前倒しされるが、2008年秋の連鎖崩壊という形よりも局所的な損失で留まった可能性がある。ただし「個別機関が先に手を挙げると相対的に不利になる」というゲーム理論的な構造が、集団的な先送りを生んだ。


でも変わらなかったかもしれない要素

金融バブルの本質は「みんなが儲かっているうちは止まれない」という人間の集合的な行動特性にある。住宅ローンを組んだ個人、それを証券化した金融機関、評価した格付け機関、投資した機関投資家——すべてが短期的な利益の中にいた。

「危険に気づく」と「行動を変える」の間には、大きな溝がある。特にバブル期には「危険を指摘する人が間違っている」という空気が支配する。早期警告が社会全体の行動変化につながるためには、気づきだけでなく、その気づきを実行に移せる仕組みが必要だ。

リーマンショックは規制の失敗でもあり、人間の認知バイアスの問題でもあり、インセンティブ設計の問題でもあった。一点を変えるだけでは防ぎきれない複合的な失敗だった。


現代への教訓——「わかっていても止まれない」構造を知る

リーマンショックが現代に残す問いは、「個人は集合的な熱狂の中でどう判断するか」だ。

バブルの渦中にいる人間には、バブルと見えないことがある。全員が同じ方向を向いているときに「おかしい」と言うことには、社会的コストが伴う。規制当局も市場参加者も、「とまれ」という判断を下すことの困難さに直面していた。

投資・借入・住宅購入——個人レベルでも、「みんながやっているからリスクはない」という判断が過ちになる構造は繰り返す。過去の危機を知ることは、次の熱狂の中で一歩立ち止まるための素地になる。


関連する本・映画

リーマンショックと金融危機の構造について深く知るために。


本稿の史実部分は、公開されている経済資料・報道・研究をもとに構成しています。金融機関の内部判断については非公開情報も多く、本稿はあくまで公開情報をもとにした思考実験です。

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