ヘンリー8世とアン・ブーリン 一つの結婚が国教を変えた話
歴史のあやまち · 2026-09-18 · 約565字 · 約2分
これは、ひとりの女性と結婚するために、王が 国の宗教を丸ごと変えた という話です。 イングランド王ヘンリー8世と、彼の二番目の王妃 アン・ブーリン。 カトリック教会との決別、英国国教会の成立、そして女王エリザベス1世の誕生まで——すべての引き金が、この恋愛から始まりました。
1. 結婚20年目の王
ヘンリー8世は、1509年に18歳で即位したイングランド王です。 即位と同時に、亡き兄アーサーの未亡人であった キャサリン・オブ・アラゴン と結婚しました。 彼女はスペイン王フェルナンド2世とイサベル1世(レコンキスタ完成の女王)の娘で、当時のヨーロッパでも有数の名門の出でした。
二人の結婚生活は約20年続き、その間にキャサリンは何度か妊娠しましたが、生き残った子は娘 メアリー(後のメアリー1世)ただ一人でした。 当時のイングランドはまだ、女王の継承を「王朝の弱体化」と見る空気が強く、ヘンリーは男子の後継者を強く望んでいました。
1525年頃から、ヘンリーはキャサリンとの婚姻の解消を真剣に考え始めます。 理由として彼が持ち出したのは、旧約聖書レビ記の条文——「兄弟の妻をめとる者は、その兄弟を辱めることになる」というものでした。 つまり「兄アーサーの未亡人と結婚したから神の罰として男子が生まれない」という解釈です。
ただ。
