もしも研究所

ペトラルカ アルクァの机に伏した最期 ルネサンス先駆者の死

歴史のあやまち · 2026-07-10 · 約487字 · 約2分

1374年7月19日、北イタリア・パドヴァ近郊の小村アルクァ。

70歳になる前日(誕生日は7月20日)、書斎の机の上にうつ伏した姿で発見されたと伝えられます。 名はフランチェスコ・ペトラルカ。 ルネサンスの父と呼ばれる詩人・人文主義者で、ラウラへの愛を歌った『カンツォニエーレ(歌集)』、ラテン語叙事詩『アフリカ』、古代ローマ書簡集の発見者としても知られます。

「机に伏した姿で死んでいた」という描写は、その後600年にわたって、文人の理想的な最期として繰り返し引用されることになります。

ただ。

この場面の出典を辿ると、目撃者の同時代記録と、後世の伝記による文学的再構成が混ざっており、どこまでが事実でどこからが伝承なのか、明確に切り分けるのは難しい部分が残されています。

1. 詩人と古典学者の二重生活

ペトラルカは1304年7月20日、トスカーナ地方アレッツォに生まれました。 父はフィレンツェからの政治亡命者で、家族はアヴィニョン(当時の教皇庁所在地)に移住します。 ボローニャ大学で法学を学びましたが、家業の法律より古典文学に魅了され、聖職者の道を選びます。

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