もしも研究所

もしWeWorkが崩壊しなかったら、働き方は変わっていたのか

もしも時間 · 2026-10-21 · 約2,894字 · 約5分

この記事は、特定の個人や企業を断罪するためのものではありません。 公開されている資料や報道をもとに、ある時代の選択肢を振り返る思考実験です。 実際の歴史は一つの判断だけで決まるものではなく、 経済・技術・制度・人間心理が重なって動きます。


まず事実——2019年9月、WeWorkはIPOを撤回し経営危機に陥った

WeWorkは2010年にニューヨークで創業されたシェアオフィス企業だ。コワーキングスペースの運営という事業をテクノロジー企業的に拡大し、ピーク時の企業評価額は約470億ドルに達したと報じられた。

2019年8月、WeWorkはIPO(新規株式公開)に向けた目論見書を提出した。しかしその内容が公開されると、巨額の赤字、特異なガバナンス構造、不動産企業にもかかわらず高いバリュエーションなどへの疑問が投資家から示され、IPO計画は9月に撤回された。その後、主要投資家からの追加支援を受ける形で経営危機を乗り越えたが、大規模なリストラと事業縮小が続いた。

2023年、WeWorkは連邦破産法第11条の適用を申請したと報じられた。


なぜ「WeWorkが崩壊しなかったら」が分岐点なのか

WeWorkの崩壊が特異なのは、「スタートアップのバリュエーション」と「実体経済」の乖離を可視化した事例として記録されている点だ。

2010年代後半、世界のベンチャー投資市場ではユニコーン企業(評価額10億ドル以上の未上場企業)が急増した。WeWorkはその中でも最大級の評価を受けた企業の一つだった。「ITプラットフォームではなく不動産賃貸業が、テクノロジー企業的なバリュエーションで評価される」という構造への問いは、WeWorkのIPO撤回によって市場全体に突きつけられた。

「コワーキングという働き方」と「WeWorkという企業の経営モデル」は本来別の問いだが、WeWorkの崩壊によって両者が混同されて語られる場面も生じた。


分岐点——IPO前に何が違えば経緯が変わったか

WeWorkのIPO撤回は、目論見書の内容が公開された後の市場・投資家の反応が引き金になった。もし内部統制やガバナンス、財務構造が異なっていたなら、IPO審査の段階で別の評価を受けた可能性はある。

また、「もしIPOのタイミングが2017〜2018年頃だったなら」という仮定もある。ベンチャー投資市場の環境は時期によって大きく変わる。2019年頃には、投資家の「成長率よりも収益性を重視する」方向への転換が始まっていたとされ、そのタイミングの差が評価に影響した可能性がある。


IFルートA——WeWorkがIPOを成功させ、コワーキングのグローバル標準になった

控えめな可能性として、WeWorkが2019年のIPOを成功させ、上場企業として事業継続したシナリオがある。

この場合、WeWorkの評価は修正を受けながらも上場企業として市場に存続し、「コワーキングスペースの世界標準ブランド」という位置づけを維持した可能性がある。

2020年以降のコロナ禍でオフィス需要が大きく変化した。リモートワークの普及は「固定オフィスを持たない柔軟な働き方」という需要を増やした面もあり、理論上はWeWorkのモデルとの親和性があった。IPOが成功していたなら、このタイミングで業績回復のシナリオも考えられた。ただし、固定の長期賃貸契約と変動する短期収益の組み合わせという構造的課題は、コロナ禍でより厳しく問われた可能性もある。


IFルートB——WeWorkの崩壊がシェアオフィス市場全体の再定義を促した

もう一つの視点として、WeWorkの崩壊が「コワーキングという概念の普及」に逆説的に貢献したシナリオがある。

WeWorkの崩壊後、「コワーキングスペース」という業態は消えなかった。IWG(旧リージャス)、国内のさまざまなシェアオフィス事業者など、WeWork以外の事業者が市場に残り続けた。「一社の失敗が市場全体を否定しなかった」という結果は、「コワーキング需要の実在」を示す面もある。

このシナリオでは、「WeWorkがなければコワーキング市場はもっとゆっくり育っていたかもしれない」という逆説が成立する。WeWorkの巨大な投資と拡大が市場の認知を一気に高め、その後の失敗が市場を過熱から冷ましつつも継続させた、という見方だ。


でも変わらなかったかもしれない要素

「WeWorkが崩壊しなければ働き方が大きく変わった」という前提には留保が必要だ。

リモートワーク・柔軟な働き方という大きな方向性は、WeWorkの存否とは独立した労働市場・テクノロジー・文化の変化として進んでいた。2020年以降のコロナ禍が労働形態に与えた影響は、どのシェアオフィス企業が生き残っていたかとは独立したものだった。

また「コワーキングスペースの普及」と「働き方の変化」は、因果関係というより並行する変化だった。働き方の変化がコワーキング需要を生む側面と、コワーキングインフラが働き方の選択肢を広げる側面の両方がある。


現代への教訓——「評価額」と「実体」の間

WeWorkの事例が問い続けるのは、「企業のバリュエーション(評価額)は何を測っているのか」という問いだ。

「将来の成長への期待」を先取りして評価するベンチャー投資の仕組みは、実体のある価値をつくり出す前の段階でも巨大な資金を集める力を持つ。この仕組みが「新しいビジネスモデルへの挑戦を可能にする」面と、「実態と乖離した評価が崩壊した時の影響が大きくなる」面の両方を持つことは、WeWork以後も繰り返し問われている。

「どんなビジネスモデルが本当に価値を生み出しているか」という問いは、バリュエーションの数字とは別に、時間をかけて評価される。WeWorkの事例はその一つの具体例として、スタートアップの歴史に刻まれている。


関連する本・映画

WeWorkとスタートアップの評価構造を深掘りするために。


本稿の史実部分は、WeWorkに関する公開資料・各種報道・公開されたIPO関連書類をもとに構成しています。WeWorkの経営史については多様な分析が存在し、本稿はそのいずれかを確定するものではありません。

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